第一回目の田部俊彦さんとのインタビューで補足しておきたいことがありますので、記しておきます。田部俊彦さんとは彼が北九州大学時代からの知り合いです。ナイツ・カンパニー(大学時代のバンドで彼はアルト・サックスを吹いていた)のメンバーの卒業記念ともいうレコードのジャケットを僕が依頼されて作ったのを覚えています。卒業後に田部俊彦さんが大学院よりもジャズを選んだのは、僕が「おい街」を作ったことと同じ位に、プロとして喰っていかねばならないという緊張感や焦り、不安感があったと思います。とにかく田部俊彦さんは懸命に永い間、生きてこられた人です。僕も懸命だったので、彼が大きく育っているのを見たり聞いたりしながら、他人事とは思えなかったのです。今回が2回目で、3回目では2人の軌跡としては避けて通れない「MIKO ジャズ・ライブ・イン北九州」CD制作の話をすることになると思います。どこまで話をしましょうか、と僕も田部俊彦さんも迷っていると思います。
 「朝日のあたる家」の音源制作についての裏話をしておきましょう。当初はジョー&エディという黒人のアカペラ・デュオの「漕げよマイケル」を、田部さんと、アカペラの出来る方にやっていただき、それを音源としたかったのが、僕の無茶な思いでした。アカペラが「ジョー&エディ」のように出来る人を探すことが難題であるとは解かっていたのですが、この難題を突破することが僕には出来ませんでした。ギャラも高く払えないし、というのが真相です。で、考えて考えて、著作権の問題をクリアーできる「朝日のあたる家」を次の候補として用意していました。著作権の許す範囲の中で、田部俊彦さんに小倉のジャズをやっていただくのは、とても失礼なことなのですが、彼は快く受け入れて下さいました。改めて、ここに田部俊彦さんと岩崎大輔さんに心より御礼を申し上げます。
(聞き手:高野敬市)


1954年生まれ。北九州市小倉生出身。今日まで50年間、小倉で音楽活動を続けている。
中学時代よりブラスバンドでフルートを始め、高校・大学時代はジャズ、ロック、ポップスに興味を持ちバンド活動なども行う。
大学卒業後、小倉のキャバレーにバンドボーイとして入り、サックスを始める。以後、小倉を拠点に九州、中国、四国で演奏活動し、国内外の多くのミュージシャンと共演を重ねる。
また、1980年より3年間、伝説の九州の老舗ジャズ喫茶「アベベ」を経営。2004年から現在まで、ライブハウス「ビッグバンド」を経営し、活動の拠点としながら日々の練習に励む。音楽には広く精通しているが、主に Dexter Gordon 、Cannonball Adderlley 等を敬愛している。
Q. デクスター・ゴードンについて、もっと話を聞かせてください。
A. 僕がこの道に入った頃は70年代後半でしたから、モード・ジャズとかフュージョンが盛んでした。僕もリアル・タイムにジョン・コルトレーンやマイケル・ブレッカーなどを聞き、演奏をしていたんです。が、確かに難しくはあるが、自分の中では何か腑に落ちないものがあったんです。デクスター・ゴードンは解りやすくて単純な感じがしたし、聴いていても自分が納得できる、と思っていたんですね。ところが聴くたびに深い‼難しいというか、濃いところが沢山あり過ぎて、ハマっていくんですね。音色に関していうなら、コールマン・ホーキンスの太い音。ただそれだけの印象でコピーしていくと、その音色と正反対のレスター・ヤングのニュアンスが入っていることなど気付いて…。その他にも色々なものが彼の中では吸収されていて、それを自力のスタイルで演奏しているんですよ。彼は初期のアルバムから、それ以降のアルバムも絶えず変化をし続けているのです。初めて演奏を聞いた時は、なにかモタモタしている。が、それが次第にモダンな感じに聴こえてくる。どれも実はちゃんと計算して吹いている。それもレイド・バック奏法でやっている。実に奥が深い。ジャズの歴史の流れの中の、その波にたえず乗って敏感に反応しているんです。
 ジャズのクールな感じを表現するのに、レスター・ヤングがレイド・バックを始めているんですが、それもデクスター・ゴードンは継承している。ジャズの初期のジャズ・テナーの巨匠の二人、コールマン・ホーキンスとレスター・ヤングのいい所を全部吸収しているんです。それだけでなくジョン・コルトレーンの中期くらいからのコルトレーン・チェンジ。コルトレーンが編み出したクラシックの近現代の音楽家からも学んで、コルトレーンのコードもデクスター・ゴードンはマスターしている。本気になって研究してみると凄く奥が深く、極端に言うと、それから抜けきれなくなった。まるであり地獄のようにはまっていったんです。それが、ひとつの僕のサックスの特徴になっていったんじゃないかと思います。デクスター・ゴードンを研究していってモードとか、いわゆるモダンな、一般的に唱うサックス、解りやすいサックスを。そしてコルトレーンと対極にあるソニー・ロリンズも聞きだして、デクスター・ゴードンとソニー・ロリンズ。これにはチャーリー・パーカーのフレーズがしっかり入っていることが解かり、初めてチャーリー・パーカが凄い、と実感がきたのです。今だから言えるんですが。
Q. マイルス・デイビスについて聞かせてください。
A. マイルスの4部作の「クッキン」とか、あれは聞きやすいが、その当時は、これをどういう風にやっているのか、曲はわかるが展開がわからない。けれどカッコいい。何なのかなー?と。それがモードになって、解らないけどカッコいい。聞くけどなかなか出来ない。「ライブ・イン・ジャパン」(60年代中盤に発表されたアルバム)になると、カッコいいけど全然わからなかった。カッコいいけど自分は出来ないなーと。一応、マネゴトはしてみるんですが。チャーリー・パーカーとデクスター・ゴードンを勉強して解かってくるんです。80年代にウイントン・マルサスが「スタンダード・タイム」のアルバムを出した。
そしたら全部よく知っているスタンダード・ナンバーなのに、やり方がさっぱり解らなかった。その頃、僕は26歳で、少し色々とわかってきていたけれど、このマルサリスがカッコいいけど解りにくい。何か?と言うと、マイルスの「ライブ・イン・ジャパン」、これを完全に消化して、自分なりに演奏しているのだと。初めて60年代のマイルスが少し理解できた。演奏の中でも自分が取り入れていきだしたんです。リアルタイムではわからなかったけど、後から解かったんです。
Q. 先輩たちは解かっていたんでしょうか?
A. いろいろな先輩が話の中で、煙に巻いていくんです(笑)。当時は自分が解からないんで、先輩達はわかっていると。が、実はわかっていなかった。モードは、自分の感覚でやるんだよ。緻密な理論構成はないよ。聞いてやるしかないよ。が、後から解ったのが、ちゃんとした理論構成があったんですよ。(笑)
 渡辺貞夫がバークレーから帰って、ジャズの講座を始めたんです。山下洋舗とか皆、行っていたんで、渡辺貞夫が書いた「ジャズ・スタディ」という本を僕も買って読んだんです。その本にアメリカのジャズのことが解かる内容を期待して。が、基本的なことしか書いてない。結局、基本的な音楽理論を勉強してジャズをやりなさい、という本だったんですね。それを見て、たちどころにジャズが解かった人は、いなかったはずです。
Q. 日本でジャズが理解されたのは、随分と後の話で、リアル・タイムでは誰も理解できなかったのですね。
A. そうだったと言って間違いないと思います。日本でジャズを理解というか、少し解かっていたのは音楽研究家の武満徹さん。音楽理論を理解していたでしょうから、ハーモニー、リズムのことは解かっていた。が、ジャズのニュアンスは解かっていなかった。なぜならジャズの根底にはブルースがあるので。ブルースは理屈ではなく言葉と同じで、英語は読めても、本当にしゃべれない。ジャズの中にブルースがある。そこまで解かっていなかったけれど、理論的にはクラシックの人はジャズを理解できていた。が、ニュアンスだけは解からなかった。むしろ、そのニュアンスを解かった人は戦後の進駐軍のキャンプでジャズをしていた人たち。何せ本場のジャズを追及される訳だし、ハンプトン・ホーンズとかと接しているのだから。
Q. 「この世の外へ・クラブ進駐軍」(2004年公開の映画)の中にありましたね。「本物のジャズをヤレ‼」と米軍のボスからボロクソに言われる日本のジャズメン達のシーンが、あれですね。日本のジャズメンで田部さんが影響を受けた人はいますか? (この話はさらに続きます)
A. そうですね、この10年くらいで、出会いました。亡くなりました内田浩誠さん。7、8年間、演奏をしたり、CDを制作したりして、日本人として初めて影響を受けました。自分の解からなかったことと、解かっていたこととが、内田さんと一緒にやることにより、すべて鮮明なったというか、なりましたね。あとはヤス岡山さん。この方にも影響を受けました。それは、ヤス岡山さんは新しものを追うのではなく、自分がこれが本当のジャズだという、少し古いというか、スリー・サウンズの研究して、勉強もして、過去のものになっていたけれど、岡山さんがこっちに来て、その頃の黒人のリズムの凄さをフィリー・ジョー・ジョーンズやアラン・ドーソンについて習ったんだし、50年代、60年代中盤期迄のオーソドックスなジャズのリズムについて、相当に勉強している。それをことあることに演奏させてもらったりして、勉強になり影響をうけましたね。日本人だったら。
 あと、言っておかねばならないことがあります。僕が最初にこの道に入った「チャイナタウン」とキャバレーにね。その時、「フル・バンドに入らないか?」と言われたんです。僕はコンボに興味があったし、フル・バンドに入ってもアドリブはないし、結局入ったんですけど(笑)。そこで、その時のいわゆるカウント・ベイシー・スタイルをよくやっていたので、それも初めは良さが解からなかったけど、とてもリズムとかサックスの音色とかに凄く影響を受けてました。リアル・タイムでやるより、ちょっと古いことをやることの方が為になりました。口では言えなかったけれども、古いジャズから沢山のことが勉強になりましたよ。フル・バンドに入ったおかげで、リズムもアレンジも勉強になりましたし。
Q. 田部さん、凄い勉強家ですね。尊敬します(笑)。
(この話はさらに続きます)


ジャズライブハウス・ビッグバンド
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●093-551-4395(受付18~25時)
●営業時間:通常 20〜25時
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料金システム:バー営業時はドリンク500円~ 
※ライブ開催日はチャージ、オープン時間が異なります。
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