丹精込めたモチモチ感あふれる 手打ちウドンとダシが美味しく融合。 国産牛の上質なホホ肉を添えた こだわりの逸品。
 手打ちうどんの味を知っている人は、機械で製麺された麺では満足度が低かろう。いくらうどん好きと言えども。
 筆者の父は家で手打ちうどんを頻繁に作っていた。とにかく料理にはうるさい人で、口だけではない手八丁だった。そんな父の作ったうどんを食べた経験があるので、大人になって自分でも手打ちうどんを作ったことがある。麺をたたく、伸ばす―、大変な作業である。が、知人に食べさせると感激してくれたほど、上手に出来ていた。
 今回は小倉南区横代にある「さんさん堂」を取材した。
 今の時代は何をするにもマシンが人に替わって仕事をする。コーヒー専門店がマシンによる専門店でも、大概の人は納得している。ケーキ、パン、パスタ、カレーと、レトルトでカフェやレストランが出来る。食の文化もアナログ色が薄れ、職人らしい職人が減る一方だ。果たしてこれが良いことなのか?と、考えさせられる。
 こんな時代だからこそ、手作りにこだわる職人が輝いて見え、そんな父親をサポートする娘さんの心意気に魅かれてしまう。
 手打ちうどんは結果がまちまちな芸術のようなもので、つまり単純ではない。その日の温度、湿度により麺の状態が変わる。故に水加減から打ち方、時間と変えなければならない。異なった手順で、結果の同一を良しとする。毎日が同じ仕事のようで、実は違う仕事だからこそ、アナログ的でないと美味しいうどんは出来ない。麺のコシに加え、熟成され出来るモチモチ感。まさしく麺は生きているのだ。人の手だからこそ成せる技である。
 さんさん堂を開店以前は、建設業に従事していた店主の堂山さん。その当時は小倉南区の行きつけのうどん屋で出勤前に朝食をとり、休日には家族でうどん屋に通うほど、そのうどん屋の大ファンであったそうだ。
 しかし、その店が閉店したことが、人の人生を一身二生とする。あの店のうどんの味が忘れられず、自らその味を再現したい気持ちが強くなり、仕事を変えるまでになった。モノ作り精神にあふれた堂山さんの決断と努力と根性によって、第二の人生がスタートしたのだ。
 さて、さんさん堂のうどんについての話をすると、小倉ならではの名物、“ドキドキうどん”となる。今は亡きうどん屋を知る人は「ああ、あの味だ!」と語ることができる。
  手打ちのうどんと店主が最もこだわるダシとが融合し、そこにほろほろになるまで煮込まれた国産牛ホホ肉が色取りの味をそえてくれる。生姜を加えれば、うどんの表情は変わり、最後の一滴まで飲み干してしまいたくなる、それが「さんさん堂」のうどんだ。
 「手打ちにこだわるのは、ダシとの相性もあるんだよね。機会で作った麺だとダシが活きてこないんだよね」頑固一徹な父と、父が作ったうどんを愛してやまない娘。清潔に保たれた厨房にも、食やおもてなしに対する姿勢が伝わってくる。
 地域柄、朝の出勤時前の客が多く、口コミで客は増え続け、13時までの営業も、麺が売り切れて早閉いの時も少なくはない。
 父と娘の二人三脚がなんともハートフルでうらやましい。2011年に創業し、今年で9年目。今後、10年、20年とさらなる発展を願いたい。
 





さんさん堂
北九州市小倉南区横代南町5-5-1
●TEL.090-8229-4234 ●営業時間/7:00~13:00(麺が無くなり次第終了)●定休日/火曜日・第1水曜日

【ドキドキうどん】 小倉名物と言われるドキドキうどん。ドギドギうどんとも言う。戦後の食料事情の悪し頃、牛肉のホホ肉やスジ肉を「ドギ肉」と呼んでいた。その肉をダシ汁にしてウドンを作ったら、とても美味しい肉うどんが出来た。ホホ肉の方が好き、スジ肉のカタいところがいい、と好みは当時から分かれていたらしい。うどんにロースはもったいないの庶民感覚が生み出した肉うどんだ。濃い味がうまい、と病みつきになった人は、あちらこちらのドキドキうどんを食べ歩くほど。

【うどんの知識】
うどんは平安期に中国から伝えられた八種類の唐菓子の中に、うどんの祖型といわれる混沌(こんどんと読む)がある。鎌倉期に、そうめんの技術と共に再伝来し、のちに切り支と呼ばれる。その後、様々な変化をとげ、中国とは全く異なったうどんが作られ、今に至る。関西のうどん、関東のそばと俗に言われるが、関東では近隣に良質なそばの栽培地があった為、違いが生じた。うどんの違いを言うなら、関西は汁もの主体で汁を全部飲む。関東では汁を残す。ここが違う。「さんさん堂」のドキドキうどんは汁まで全部飲み干す人が多い。
▲to Top