この街でも、ドーナツチェーン店にできた長い列を見たことがある。ドーナツ2個をもらうために1時間ほど並ぶという。無料だから並ぶ。そして列があるから並んでみる。並ぶという行為にイベント性を感じているのもしれない。私の余裕の無さからくる嫉妬のせいかもしれないけれど、失礼ながらその光景は脳天気に映る。日常とファストフード店の地続き感、壁の低さを感じる。
 「敷居が高い」とか「敷居が低い」とか、勝手に議論されることがある。本来「敷居が高い」とは、不義理をしてしまって行き辛くなっている状態を言う。自分には不相応という意味ではない。だから先述は“壁”としたのだけど。その見えない敷居(壁)の高さを悪いことのように言って、低く見せようとすることもある。よくある「敷居(壁)が高いと思っている皆さん!そんなことはないのでご来場ください」である。
 この場合、敷居って、なんだろう。
 高い敷居は、そんなに悪いことなのか。


 印象的な言葉を聞いたことがある。Kバレエカンパニーを創立し、芸術監督を務めるバレエダンサー熊川哲也氏が、「バレエはハードルが高いと思われがちだが」というインタビュアーの問いに、「高いですよ。だからこそ、そのハードルを越えてきてくれるお客様にそれだけのものをお見せする。ぜひその高いハードルを越えてきてほしい。絶対に満足していただけるものを提供できると考えている」といった内容のことを答えていた。そのハードルの高さは、チケット代だけではなく、着るものや美容院での支払いをも厭わなくさせるだろうし、公演グッズは記念品になるだろうし、終演後に向かうカフェはいつもより高級な所を選ぶかもしれない。高いハードルに価値を見出す人もいるということだ。喜んでそのハードルを越えるのは、その先に感動が待っていることをうっすら感じていたり経験しているからだろう。
 数百円のドーナツに1時間並ぶことをもったいないと感じるのか、バレエを観るためにチケット代とその準備にさえ自分の財布からお金を出すことをもったいないと感じるのか。その人次第。

 
 もう1つ紹介したい。有門正太郎プレゼンツ主宰で北九州市を拠点に活動する俳優の有門正太郎氏の言葉だ。彼の様々な活動の中で、ピエロとしてステージに立ちパフォーマンスをすることがある。小倉北区にあるショッピングモールでのこと。ピエロがお目当てというわけではないらしい。ただステージ前の備え付けの椅子に座っている大人と、その子供たちは、だいたいいつも同じ顔ぶれ。その無料スペースに居座る大人と昼間なのに学校ではなくそこに目的もなくいる子どもたちの姿は、なんとなく想像することができる。有門氏は「この街には事実そのような人達もいる。彼らにとって劇場の扉を開けること、劇場の敷居をまたぐことがどれだけハードルの高いことか。だけど、そんな彼らに芝居を観て欲しい。でもきっと無理・・・」と私に言った。彼らは “あなたたちにこそ観て欲しい”と考え作品作りに励むプレーヤーがいることを微塵も感じていないだろう。「彼らが観ることができないからこそ、代わりに観ることができる人にまず観て欲しい」とも語った有門氏からは、誰もが観劇できる環境を作っていくべきだという思いも伝わってきた。
 その時彼が稽古に入っていたのが、かつて児童養護施設であった場所が舞台で、所謂“社会的弱者”と呼ばれる人物たちの日常が描かれた作品だったこともあるはずだが、その時の言葉は、劇中、有門氏の圧巻の死に際の演技と共に強く記憶に残っている。


 では、その有門氏のいう“彼ら”に「無料だから演劇作品を観においで」と声をかけたら来るだろうか。「無料でドーナツ」の方が、可能性が高いように思える。北九州市は文化芸術の街、文化が薫る街のはず。でも、そんなこと彼らの生活には関係ない。とは言っても、彼ら、特に子どもたちに、開演前の暗転の中で自覚する胸の高鳴り、眼の前で繰り広げられる照明に照らされた俳優たちのセリフのやり取り、時には言葉よりも雄弁に語る表情や身体、心動かされ涙がこぼれてきたり、ストーリーの中に自分も存在するかの様に夢中になったり、そんな感覚を味わって欲しい。非日常は日常のすぐ近くにあることを知ってほしい。
 勝手な自己満足だろうか。余計なお世話だろうか。劇場の椅子に座らせて例えば私の勧める演劇作品をみて、「面白くない」とか「もう一生演劇なんて見なくて良いや」と思われるのも悲しいけれど、そこで不条理や居心地の悪さに傷つかれるのがもっと悲しい。

 
 ここで気づく。「演劇」と一口にするからいけない。
 金粉ドーナツは1万円超えである。世界一高級なドーナツは1,500ポンド(約20万円)すると聞いた。ドーナツの上にのったキャビアが口の中で泡のようにはじけ、その後ほのかにシャンパンの香りが訪れるらしい。でもスーパーやコンビニで販売されている4個で約150円のドーナツも、コーヒーとよく合って美味しい。ドーナツに20万円も出すことに笑うか、4個でたったの150円に笑うか、自分で選べば良い。だけど、どちらも存在することを知っていないと笑えない。
   演劇も然り。無料も有料も関係ない。会場のグレードもストーリーや役者の知名度も関係ない。なぜなら、演劇の醍醐味は、そんなことに影響されないから。日本を代表する演出家の作品に泣けなくても、放課後の教室で上演される学生演劇に号泣するかもしれない。それはあなたが今、その作品が心に刺さる環境にあるからで、その作品を受け止めることができる経験をしてきたからで、あなたにとっての感動の理由がその作品にしっかりと込められているからだと思う。

 ここでは「私は感動したいだけ」ということで、主に北九州市内での文化的な体験を通して私の感じたことをお届けしていきたい。いつか、ショッピングモールに今日もいるかもしれない“彼ら”が、どこかの劇場の扉の中を覗く日がやってくることを願いながら。

【鶴田弥生プロフィール】

北九州市を拠点に活動する、ラジオパーソナリティ、ナレーター、ライター、MBAホルダーで会社代表。主に北九州市に関わる取材を通じた情報発信をしながら、PR事業、交流事業、人材教育、様々なブランディングに関わる。
趣味関心特技:アート・テニス・旅・食・音楽・芝居・歴史・サブカル・オカルト・マンタロウ(到津の森公園にいるオスのマンドリル)・自然の中から規則性をみつける事